エンドステーション・デザインコンペ 公開シンポジウム
【東京大学総長 五神真 挨拶(抄)】

2016年11月11日


 東北放射光施設SLiT-Jの実現に向けたエンドステーション・デザインコンペ公開シンポジウムが、ここ小柴ホールで2日間にわたって開催されることを心よりお祝い申し上げます。 本計画を推進している東北大学総長特別補佐の高田昌樹先生、本日ご出席の向田吉広様をはじめとする東北経済連合会の関係者の皆様や放射光科学コミュニティの方々の、ここまでの御尽力に敬意を表したいと思います。

  現在の世界情勢をみますと不安定さが増しており、今後世界全体がどのような方向に向かうのかが不透明な状況になっていると感じます。人類が英知を絞り、長い年月をかけて生み出した、社会や経済を支える基本的な仕組みを持ってしても、世界が抱える様々な困難な問題の解決には至らず、格差の拡大をはじめとして不安定性は拡大しているようです。そのなかで、知を放棄することなく、きちんと知を積み上げていき、多様な人々が知をもって協力し合い、より良い社会をつくっていくということが極めて重要です。
 そのベースになるのは科学技術であることは論を俟たないところです。そのなかで、放射光は物質科学、生命科学、医学、地球科学、環境学など、広範な自然科学の分野、あるいは、そこから出てくる新技術、産業において極めて重要な役割を現在、担っています。

  皆さんもご存じのとおり、今、人工知能が非常に注目されています。ソフトウェア的なところに目が行きがちですが、その先の活用をどのように行うのか、といったことを考えると、新しい物質、あるいは生体物質についてのより深い理解が不可欠であり、価値創造の源泉はそういうこところから出てくるということは間違いありません。特に、日本が世界のなかで何に貢献するかということを考えたときに、そこは重要な勝負どころであるということは明らかです。
 その意味で、放射光施設は、これから10年、20年先を考えた時に、戦略的に活用しなければならない施設であると捉えています。

  歴史を振り返りますと、我が国で、放射光施設は1982年にフォトンファクトリーがつくばで、1997年にはスプリングエイトが兵庫県で運転を開始し、これまで、そこから世界を先導する多くの研究成果が創出されてきました。
 東京大学では2000年に新たに千葉県柏市に柏キャンパスを作りましたが、そのときの中心的事業として、放射光施設の建設を計画していました。物性研究所等が中心となり、物質科学で重要な、軟X線の高輝度放射光の施設の建設を目指していました。
 しかしながら、当時、行財政改革が喫緊の課題となるなかで、この数百億円規模の計画はなかなか実現の道筋が見えませんでした。
 私は、2005年から当時総長であった小宮山宏先生のもとで総長特任補佐を務めていました。そこで、この柏キャンパス構想の中心プロジェクトである放射光をどうするのか、対応を検討しました。そして、検討の結果、「放射光は日本の科学コミュニティにとって今必要である」ことを確認し、それを小宮山元総長に答申致しました。それを受け、総長の判断で、SPring-8の長直線部に、東京大学の専用ビームラインをアウトステーションとして建設するという、新しい方向性が打ち出されました。
 このように、東京大学としては、放射光をきちんと作る、ということにコミットしてきた経緯もありますので、放射光を新しい形で実現するということに是非協力したいと、ずっと思っていました。 

  アウトステーションでは、尾嶋正治教授に初代の機構長をお願いし、今、雨宮慶幸教授にお願いしておりますが、物質科学だけではなく、生命科学においても、様々な分野で、放射光を使った研究を進め、実績を上げてきました。
 東北放射光施設は3GeVの高輝度放射光源です。これがいかに重要かというのは、私も、物質関係の物理学を研究しておりますので非常によくわかっています。当時の柏キャンパスの計画を遥かにしのぐ性能を有する、というものを計画していただいていると聞いておりますので、実現をとても楽しみにしています。

  本計画は2011年に提案されて、学術会議における大型研究計画のマスタープランで重点大型研究計画にも選定されておりまして、すでに多くの研究者から大きな期待が持たれている計画であると認識しております。
 また、先ほどの矢島敬雅東北大学理事からの紹介にもありましたように、産業界の本格的な利用にも重点を置いているところが、新たなポイントとして重要なのではないかと私は思っております。 
 私は昨年4月に総長に就任しました。大学の運営をまかされているという立場で周りの状況を見渡すと、日本に限らず世界の様々な地域で、基礎科学研究あるいは高等教育を誰がどのように支えるのかということが課題となっています。これまでこれらを支えてきた伝統的な構造が揺らいでいるのです。
 我々としては、そういう状況の中で、少し発想を転換して、現代的な経済のしくみをとらえた中で、財源支援のポートフォリオを変えるべきだということを考えております。
 その意味で、産業界との連携は重要です。これまでのような、産と学が離れた関係で連携をするという発想を超えて、産と学が一緒に新たな価値創造を行う、「産学協創」という形に切り替える必要があります。東京大学では、これまで「産学連携本部」と称していた組織を「産学協創推進本部」に変えました。そして、産業界の方々も、大学の先生方も、安心して価値創造ができるように、法務なども含めた支援体制を抜本的に強化しました。
 このSLiT-J計画においても、新しい価値創造を産業界と一緒にやるのだ、という方向性を持っておられることは非常に重要だと思います。
 これまでの放射光利用は、フォトンファクトリーでは大学共同利用機関法人の枠組みのもと、あるいは、スプリングエイトでは共用促進法のもとで運用されてきました。これまでは国の予算の枠組みのなかでのやりくりで進めてこられたわけですが、その発想を超えるということがまさに求められており、その意味で、SLiT-J計画は新しい仕組みづくりを先導するプロジェクトになりうるのではないかと期待しております。
 今日のエンドステーション・デザインコンペについても、これまでにない試みで、非常にすばらしいアイデアだと思っております。

  東京大学では有馬孝尚教授を機構長として、この12月に放射光分野融合国際卓越拠点を新たに創設する予定で準備を進めています。その拠点を中心にして、このSLiT-J計画を力強く応援していきたいと思っています。
 本シンポジウムが、放射光科学のさらなる潜在力と可能性を膨らませるきっかけになること、また、よりよい社会をつくるための仕組みづくりに科学技術が貢献していく際のきっかけになることを期待しています。そして、なによりも本シンポジウムがSLiT-J実現の大きな第一歩となることを期待しています。
 本シンポジウムの盛会を祈念いたしまして私からの挨拶とさせていただきます。

以上